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山形県小国荒川支流「金目川」の遭難体験記

@金目川下流域の林道を行く  A金目川入渓地点  B金目川中流域  C激流で立ち往生

Dついに遭難 E実践した 避難方法 F増水した渓を下る  熊との遭遇

金目川の遭難

今から思えば、渓流をはじめて10年程度経過した頃だったと思う。渓流歴を、記録を取る習慣がなくて正確な日は覚えてないが、遭難した時間的経過は、私の脳裏に確実にインプットされているので、記憶を頼りに体験を記す。記述が前後するが、渓流をはじめてしばらくして、渓流は危険を伴うスポーツであることを認識し、危険防止の為に本を読んだ。もっとも注意深く読んだ内容は「熊との対処・異常気象(増水と鉄砲)それとマムシに噛まれた時の対処方」であった。その中で、マムシに噛まれた経験はないが、熊と鉄砲水には遭遇し、怪我もなく今日あるおかげは、本の知識を実践したからだと思う。

前置きが長くなったが、私の体験談を記述する。一大支流が金目川である。(続きはここをクリック)

 

金目川位置全体図

■本文の続き1                    

金目川下流域の林道を行く    (このページTOPへ)

金目川入渓地点   (このページTOPへ)

■本文の続き2

左図でご覧のように、現在での2万

5千分の1の地図でも林道の記載は

ない。しかも持参した地図は5万分

の1の地図である。当然のことなが

ら林道の記載はない。

午前2時に起床、懐中電灯を頼りに

徒歩で道は、山仕事や山菜採りの

人が歩く人の踏み後であった。しか

し徒歩30分ほど経過すると、人の

踏み後の道が、踏み後ではなく、獣

道の様子をていしてきた。道らしき

踏み後が左右に分かれて場合は、

渓流沿いの左へ左へと歩いた。満

天の星空で月明かりがあるものの、

真夜中2時〜3時である。今から思

えば、無謀な暴挙であり愚行と言わ

ざるえない。必然的に帰路同じ道を

歩いた が、地図でご覧のように進

行方向の左岸は高いゴルジュ帯が

続いている。獣道の下は20b〜30

b前後の垂直

した崖である。帰路明るい状態でこ

の状況を見たとき、恐怖に足がすく

んだ。怖いもの知らずというものの、

夜中によく滑落しないで歩けたと思

う。堰堤からすぐ上の地点から入渓

したが、入渓した場所は比較的安易

に入渓出来た。入渓した場所にタ

オルをしっかり木の枝等に結び目印

をしておく。このことは初めて入渓す

る沢には鉄則の仕事である。なぜな

らば、入渓した場所は間違えると元

の林道に戻れない可能性があるか

らである 。

金目川中流域    

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突然晴天にかかわらず枯れ葉が流れてきて、数分もたたないうちに緑の木の葉がなれてきた。枯れ葉の流れは水量の増加を表す(水辺の落ちた枯れ葉がまず流れる)数分たつと緑の木の葉が流れてくる(上流で風雨が激しくなって今茂っている緑の木の葉が落ちるという現象)。
危険な状況である。大急ぎで竿をたたみ急いで沢を下りはじめる。しかしまだ水は清流で濁りがない。
下って数分たつと水があっという間に濁りはじめる。下る流域は巨石帯を抜けていたので比較的足早に下りはじめる。数分経過した途端、突然濁流となりみるみる増水し歩行が困難の状況になっていた。
しかしまだ晴天であった。数分経過した。突然雷雲が空を覆い、風雨も激しくバケツをひっくり返したような雨が、降るというより天から落ちてきたという現象であった。

激流で立ち往生

堰堤上、100b程度は砂地混じりの石の渓相であったが、突然石だけの渓相にかわった。しかも巨石である。しかも上流へ進むに34b〜5b前後の巨石を超えなければならない。しばしロープを使用しての登りである。地図を参照してもわかるように、沢事態の傾斜はないが、巨石の連続で上流への登りが、竿をたたみ道糸をしまい、石を這い上がっては竿を出し道糸をつけての作業の繰り返しであった。全く効率の悪い作業の繰り返しで進んでいった。
成果はと言うと、小振りの岩魚の当たりは全くなかった。25p前後の岩魚を二人で20本ほど上げた。晴天である。10時頃までは当たりがあったが、それを過ぎると
当たりが止まった。1時間竿出して1回程度の当たりであった。遠くで雷の音が30分ほど前から聞こえていたが、空は晴天であり、山のどの場所が雷の発生場所だということがわからなかった。後になって気がつくのだが、平野部で空を見上げると、遠くでの雷雲の確認出来るが、深い渓谷で沢に入っての見上げた空である。
視界が狭くまさか自分が入渓している沢の上流で、雷雲の発生していたとは気がつかなかった。左図@の辺り、その位置で午後2時頃であったと記憶している。
突然晴天にかかわらず枯れ葉が流れてきて、数分もたたないうちに緑の木の葉がなれてきた。枯れ葉の流れは水量の増加を表す(水辺の落ちた枯れ葉がまず流れる)数分たつと緑の木の葉が流れてくる(上流で風雨が激しくなって今茂っている緑の木の葉が落ちるという現象)。危険な状況である。大急ぎで竿をたたみ急いで
沢を下りはじめる。しかし、まだ水は清流で濁りがない。下って数分たつと水があっという間に濁りはじめる。下る流域は巨石帯を抜けていたので比較的足早に下りはじめ る。
数分経過した途端、突然濁流となりみるみる増水し歩行が困難の状況になっていた。
しかしまだ晴天であった。数分経過した。突然雷雲が空を覆い、風雨も激しくバケツをひっくり返したような雨が、降るというより天から落ちてきたという現象であった。
濁流で沢を歩けなくなった私達。濁流で沢歩けなくなった私達。

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遭難現場     (このページTOPへ)

@避難した上図Dのイラスト断面図

                      実践した避難方法


上図Dの位置らの下流は左右切り立ったほぼ垂直に近い壁で、巨石帯であった。逃げ切れないと思った私は、ちょうど左図@のような巨石によじ登り避難した。
石の上は畳二畳ほどの平らな形状をしていた。

数分後、突然ゴーと言う音がして一瞬のうちに左図Aのイラストのように約4bあった石の上にまだ濁流に押し寄せた。俗いう鉄砲水の現象である。
避難した石の上まで濁流に押し寄せられ、左図Bイラストのように、リュックを背負って、身体にロープを巻き付け、そのロープの一端を出来るだけ太い木に巻き付けながら、約3時間を過ごした。ロープを巻き付けた木が土砂で崩れ落ちれば一巻の終わりである。
3時間後、石の上の水が引き、その上に下りたのが7時頃だったと記憶している。今では簡易浄水器があるが当時はなく、食料は米と飯盒は用意したいたが泥水のため炊けなかった。釣り上げた岩魚は腐敗するため濁流に捨てた。

雨は小雨になっていた。

簡易テントを石上に張って着替えをした(着替えはいざという時の為に防水をして準備していた)持参したウイスキーを水がないのでストレートでテントの中で飲んで横になった。避難場所を偶然にもこの石を選んだことに感謝した。
横になっていると、ゴロゴロという雷の音を押しつぶしたような音と、寝ている巨石を通しての振動が身体に伝わってきた。当初は何の音か何の振動なのか理解出来なかった。しばらくして気がついた。その音は、濁流が上流からの石を流しその石が水中でぶつかる音、しかもその石が避難している我々の石に激突しての振動であることが推察できた。

その音と振動に恐怖を覚えて眠れなかった。家族の姿が脳裏に浮かんだ。

「もう帰れないかもしれないな・・・・」とつぶやいた。
相棒の返事はなく、水が徐々に引きはじめと同時に音も消えた。 朝4時、水は引いていたというものの水深は30p〜2bあまり、全行程歩いて下るのは難しい。そこでリュックの中のものはビニールとガムテープで防水して、ロープだけは腰にというスタイルをとった。

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A避難した石の上まで濁流が

B身体と木とをロープでつないで

 

 

 

 

 

 

■増水した渓を下る

4時30分石の上から下りた。水は泥水で底は見えない。水深は40p程度、覚悟を決めて下りはじめる。

下る方法は、@歩ける所は歩く。 Aロープを使用して登ってきた場所はロープをつかって下降する。

B水深があるところは泳ぐ。

 

巨石帯のある場所の登りは悪戦苦闘したが、下りはロープを使用してはドボンで泳ぎ、又ロープを使用して

はドボンで泳ぎ、それを繰り返すことによって、登りは10時間かかった地点から1時間30分程度で入渓地

点までたどりついた。

リュックが浮き袋の役目をはたしたのである。

入渓した場所に、目印として手ぬぐいを巻き付けていたが、その木は跡形もなかった。やっとの思いで沢か

ら脱出した私達は、水に濡れた重いリユックのベルトを肩に感じながら、夜中に2時間かけて懐中電灯をた

よりにこの道を歩いたことに恐怖し、3時間かけて帰路についた。
 
駐車していた場所にたどりついたとき、複数人の人々が私の車をのぞき込んでいた。その人々は付近の

消防団の人であった。埼玉ナンバーの車で中に釣りの用具があることから、沢で遭難したのではないかと

心配したいたとの話。いきさつを話し丁重にお詫びして金目川を後にした。
 
朝食と昼食をかねた蕎麦屋入ってふと新聞を見た。

「山形県小国地方15年ぶりの集中豪、民家か土砂に!」という記事の見出しが報じられていた。
 
おりしも、このホームページの文書を書き終えた日は、平成18年7月24日、九州・四国地方で梅雨前線

のよる洪水の被害が大きく報じられていた。
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